昭和45年9月1日 朝の御理解


御理解台45節
 「第45節 世に、三宝様踏むな、三宝様踏むと目がつぶれるというが、三宝様は実るほどかがむ。人間は、身代ができたり、先生と言われるようになると、頭をさげることを忘れる。神信心して身に徳がつくほど、かがんで通れ。
とかく、出るくぎは打たれる。よく、頭を打つというが、天で頭を打つのが一番恐ろしい。天は高いから頭を打つことはあるまいと思おうけれど、大声で叱ったり手を振りあげたりすることはないが、油断をすな。慢心が出ると、おかげを取りはずすぞ。」



 信心のおかげというものは、神様が、ご自身が氏子に認めてもらわなければならないから、また、神様ご自身が認めてもらいなさらなければ、神も助かり氏子も立ち行くと言うような、有難いことになってこないから、おかげを下さるのだと、まあ金光教、まあおかげはそういう、ものだと私は思う。ただ、限りなしに、条件なしに、下さるというおかげとちょっと意味が違うと思う。ね、神様自身もおかげを渡して、いわゆる、神の実在を、神様自身も認めてもらいたい。また、神の働きを知ってもらいたい。言うなら、神の願いであるところ、神の思いであるところを、分かってもらいたいというのが、おかげに現れてくるんだということ。だからおかげを下さるでも、言うなら、神様には神様の、そういう、思惑というものがあってのおかげである。ですからその、おかげをおかげとも思わなくなってきたら、それは、また、おかげを取り落とすと仰る。おかげがまた、元に戻ってしまうということはです、どういうようなことだと(   ?   )。おかげを頂いた。神様がいよいよ有難とうなった。そこから、神様の思いがいよいよ分かり、神様と氏子との、あいよかけよの道が、いよいよ深いものになってくと。そこにね、神様の願いを借りてあるということを、を、思わなければなりません。ですから、自分が一人で、その、おかげを受けた、信心ができたからおかげを受けたと、言ったような考え方になりますとね、つい、やはり、頭が高うなる。いわゆる鼻が高うなる。慢心がでる。そこのところの慢心を、戒めておられると思うですね。

 福岡の教会の出社に、姪浜、姪浜教会というのがあります。大変なご修行をされた、先生らしいですね。ある時の記念祭に、お米が何十表か、ね、三十表か、とにかく、まあお広前を、埋めるように、そのお米のお供えがたくさんあった。大祭も滞りなく済んでしもうて、神様にお礼を申させていただいて、そして、ふっとこう、まあ頭上げさせていただくと、お米、お供えが一杯の中に、お米が三十表もの、お米がばーっとこう、積み上げてある。ね、随分、修行もさせてもろうた、苦労もしてきたが、ね、自分も、まあ、大祭に米三十表も、積み上げれるほどしの、おかげを頂けるようになったなあ、と御祈念終わって頭を上げて、その、前に積んであるお米を眺めて、そう思われた途端にですね、初代の、吉木栄蔵先生のお声でね、唐津に行くぞ、と言うお声を頂かれた。しまったーと思われた時にはもう遅かったと、言うお話しが残っておりますがね、唐津と言うのもやはり、福岡教会の出社です。さあ、その年から、唐津の教会の御比礼が、それこそ、日の出の勢いで、立ち始めたと言うことでございます。

 ね、なるほど神様のおかげ、とりわけその、福岡の吉木先生と言やあ、大変なお徳を受けられた先生ですから、御霊になられましても、御霊ながらのそういう働きがあっておったんですね。それをその、姪浜の先生が、本とにありがたい、今日はありがたい大祭を仕えさせてもろうた、お礼を申させておられる。けれども、頭を上げた途端に、前に一杯のお供えを見られた途端にね、思われた。自分も大したおかげを頂いたもんだなあ、自分も大した信心がでけたもんだなあ、というような内容になっておったと。ね、瞬間、初代の吉木栄蔵先生のお声で、唐津に行くぞ、というお声を頂かれたということ。ほんとに、神様、御霊様のこのような働きを頂いての、事である。のにも関わらず、まあ、自分の信心でこれができたように思うておったところにです、いわゆる、そういう思いがいつの間にか、積もり積もって慢心になる。

 だから、本とにおかげを頂けば頂くほど、おかげを落とす度合いというものは厳しいということですね。例えば、低いところから落ちるのは大したことないですが、けれどもこれが、1間も2間も高いところから落ちたら、怪我をするようなもんで、そこでね、私どもが、そういうまだ高い、高度なおかげを頂いていないときにです、しっかり一段一段をです、慢心のない、積み上げというものをしっかり、積み上げておかなければならない、とにかく、神様のおかげを頂かなければ、できんのだ、立ち行かんのだという思いを、しっかり頂いておかなければいけない。と言うことです。

 昨夜も、月々31日の、宵祭り、まあお祭りはしませんけれど、まあ夜の御祈念にあわせて、まあ私がたまくしでも奉らせていただく程度です。えー、よりよりの、そういう、一月のお礼を申しあげれる、お礼の御祈念をしますから、だんだん、それに、ついて、集まってくる信者さんも多くなって、昨日は、ちょうど31名、必ずこのお広前で、神様の御前で、輪を描いて、神様のご恩徳を称え祭る。おかげを頂いた方の、話しなどをさせていただいて、1時間あまり、いわゆる、まあ昔は、よい祭りとか、よい説教とかと言うふうに言ってますね。もう、よい説教ではないですけれども、いよいよ明日の、一日の祈願祭をまえにした晩に、その前夜祭とも思われるような、または一月の御礼を、厚く申しあげると言ったような、ここ、始めてから、どのくらいなるでしょうか、もうだいぶ、続けております。まあいつもそれが、やはりあの、月末のお礼のときにはお礼のときの、雰囲気が何とはなしに有難い雰囲気になって、いわゆる、体験発表やらなさいます。

 そん中であの、光昭が発表いたしておりました。8月という月はまあ大変、少年少女会の人たちにとってはもう大変な、楽しい月であり、賑やかな月であり、精一杯手足伸ばさせていただいた月ですから、それを振り返ってみて、どう思うかと言うことを私訪ねましたら、こんな事を言っております。本とに、まるしょうができて、誕生いたしましてから、あの新たな、あの、少年少女会は昔からの時代からありましたからね。そのまるしょうとして、ご本部に登録されて、この方の、が1年1年本格的な、軌道に乗ってきた。様々な行事も、いわゆる、本格的な行事ができるようになってきた。本とにおかげを頂いておるな、と自分でも思わせていただくのが、ただおかげを頂いておるな、というだけではなくてです、自分が一生懸命に努力をしたから、このようなものができた、と言うことがです、だんだん年々歳々、おかげを頂いておるということがです、んー、思うまい、そんなこっちゃないから思うまいと思うても思うても、そういう心が頭を持ち上げて、相すまんことだと、最近では次々と、お気ずけを、まるしょうの上に頂いておることもあるから、本とに、そんなことじゃないんだ、神様のおかげを受けておるんだ、とどんなに心の中に言い聞かせても、いわゆる、慢心の心が起きてくるとこう言うのである。相すまんことだと、そういうような発表をいたしております。

 ですから、いかに慢心を、この、でらんで済む、おかげを頂くということが難しいかということが分かりますね。分かってるんです、自分で。ね、なるほど年年歳歳、まあ本格的なまるしょうが育っていく。子供達も、なるほど、去年よりも今年と言うように、その内容が育っていきよる。自分の育て方がよいから、このような、おかげを頂いておるというふうに、思うちゃならん、神様のおかげを頂いておるとだからと、思うても思うても、 その心が、持ち上がってくると言うですから、これは、私も共感いたします。同じ、そうです。ね、ですから、な、これが、まあこのくらいのときだからいいけども、これがもっともっと、高度なおかげを受けてから、そのことになっておかげを落としたら、ああ、目も当てられないことになる。そこでです、神様がね、なら、光昭達の様にまだ若い時からすでに、もうそういう、ちょっと慢心がでると、もうお気ずけを頂きよる。会の上にいろいろと。

 そういう、私は、繰り返し繰り返しが、できて、いわゆる、言うならば、素晴らしいおかげを頂く前に、そこのところの、まあ、前準備的な信心がです、しっかりできておらなければならないかと言うことが分かる。人間というものは、えてして、慢心をしちゃならん、慢心をしてはならんと、言いながら思いながら、やはり、あるものは慢心だと言うことが分かります。ね、それがいよいよ下積み時代、まだいわゆるおかげらしいおかげとも、また信心が少し分かっていきよると言うだけと言うときにです、本とに神様のおかげというものをしっかり、分からせてもらい、ふんまえての、おかげでなかならければならんかと言うことです。

 ね、これだけのことができる為には、そーりゃ努力したと、な、修行もさせてもろうたと。出来た、あー立派に出来たと。まあ、一つのおかげがこう、成就した。ときにです、それこそ、(なにゆき?)さんじゃないけれどもです、ね、(なにゆきさんのてごめて・・・・?)ね、言うことを申しますが、そのすぐ(やねゆき?)さんになってしまうところにです、おかげをまた落とさなければならない、基がちゃんとできていきよる。ね、ここんところがですね、私信心は、まあ、難しい、といや難しいと思うんですね。ですからね、まず一つ思うていただかなきゃならんことは、心に不平不足が起きたときには、もうすでに慢心です。ね、お前が、どこに、不平不足を言う資格があるか。と言うふうに、不平不足を言うておるとそんならもう、すでに、慢心が出ておるときです。だからハッとするほどの思いで気がつかせてもらわなきゃいけません。

 そこで私は、昨夜皆さんに聞いていただいたんですけれども、おー、有難うございますと言うこと。それも、口で言う有難うございますではないんです、心のそこから沸いてくる、有難うございます。もちろん、その対象になるものは、誰でもない、神様である。いわゆる、神様有難うございますと。今月は、どうでもこの、有難うございますで行こうと、言うように昨夜、申しましたことでしたけれどね。もう、すべてが、有難うございますの対象であり、もちろん、祖の有難うございますの、を聞いてくださるのは神様である。ね、今日もおかげを頂いて、今月もおかげを頂いて、有難うございます。その有難うございますが、やはり、じに豊かなとでも申しましょうかね、いわゆるしみじみとした、信心修行が、または、ご参拝ができることになってくる。その、有難うございますの表れが、そういう御用とか、参拝になってくるというようなおかげをいただかれる。誰でも使う、有難うございますですけれども、果たして有難うございますと言いいよるとが、どこまでどれだけ、自分の心の中から、沸いておるものかということをです、ね、例えば不平不足を言うておったり、思うておったりしておったことがです、これは、言うならば、もう、慢心の走りだと。と気付かせていただいて、相すまんことであった、してその、不平不足を思うておった事が、むしろお礼を申しあげねばならないことであったと、気付かせてもらう、そこから、私ほんとの、有難うございますが出てくると。ね、その、私有難うございますということはです、私は、ね、三宝様は実が実るほど、頭がかがむと、頭が下に下がっていくと言うのは、そういうことだと思うですね。

 ただ自分はお徳を受けよる、から、頭を下げらなければ、お徳を受けよらんと言うようなものではない。これはもうおのずと、頭が下がってくるもの、心から有難うございます、と言うものが沸いてくりゃ、おのずと、頭が下がってくるもの。ね、私今日はそういうふうに、思うんですね。

 天は高いから、頭を打つまいと思う。けれども、例えば少しばかり、おかげを頂いてまいりますとです、もう、思うまいと思うても、やっぱり、自分が努力をしたからと言う、思いが起きてくる。相すまんと思う。それで、お気付けも頂く。お気付けも頂きよる、けれども、中々、祓おうとしても、中々祓えないほどに、慢心と言うものは、いわゆるうぬぼれと言うものは、人間の心の底に、強くあるものだということを知らなきゃならん。そこで、やはり私どもがですね、本とに、そういう心、どれだけ、ならここで言うならどれだけたくさんの人が助かっていっても、どれだけたくさんのお参りがあっても、私が偉いから、皆が参って来よるなどというような思いがね、だんだん影を薄めてくると言うおかげ。神様のご都合だと、頂けれるおかげ。それはどういうところから、私が、おかげを落とさんで済んでおるかというふうにまあ、自分自身に思うてみるとですね、結局は、我無力であると言う、我無力と言うこと。障子一重がままならぬ人のみであると言うこと。障子一重がままならぬ人のみ、教祖様が人間と言うものは、ね、大体そういう、それが人間の実態なのだ。障子一重がままならぬのが人間の、実際の姿なのだ。それがですね、私はほんとのものになってきた、と自分で思います。実際は、自分は無力である。何の力もないのだ。ですから、その働きのすべてが、やはり神様の働きということがです、実感されてきたということである。障子一重がままならぬ人の身と言うのが、だんだん、何十年の信心をさせていただいておるとに、本とに、障子一重がままならぬ人の身である、神様のおかげを頂かなければ、ここ一寸が動けぬほどしの私であると言うことが、分かってきたんです。分かってくるから、頂けれるところのおかげの、すべてが、神様のおかげと言うことに、なってくるのです。

 ですから、根本的なね、そういうところの信心。いわゆる、我無力、障子一重がままならぬ人の身であるという、そういう自覚ができてくる信心を、まずいただかなきゃならん、ということが分かります。なら例えば大祭なら大祭に、どれだけのお米を積み上げようが、どれだけのお供えを積み上げようが、それこそ、お広前に溢れるほどしの、御信者が集まって来るほどしのおかげを頂こうが、すべて、それは神様のご都合なのである。私には、一つも力はないのである。ですから、どこに神様がどういうご都合があるやら分からんのですから、いやー、私が修行したからたくさんの信者が参って来るなんて、これから先も出てこないことになってくる。ですからそういう信心をね、私本気で、身につけていかなければいけない。そういう信心ができたときです、もう、言うなら、我無力であると言うことが分かった。障子一重がままならぬ人の身である、神様のおかげを頂かなければ、立ち行かん人間、私どもであるということが、分かってくるところからです、もうこの、氏子になら、いくらおかげを渡しても、おかげを渡しても、大丈夫ということになってくるところにです、あれよあれよと言うような、言わばおかげが、頂けてくるのではないかと思います。

 私どんがそーっりゃやっぱお参りしたもんのと、それけんこげなおかげを頂いた。はーやっぱ、このおかげ頂く為に修行もしたと。と言うて、自分の精進とか努力とかと、いったようなことがです、正面に出てくる間は、ほんとのおかげにならんと思う。なぜって、神様のそれは、下さらんのが当たり前。高いところに上がってから、落ちたらかえって怪我するんです、ね。ですから、信心が分かるということはそういうことだと思う。ね、信心も出来もせんのに、信心も何もせんのに、このようなおかげを頂いて、勿体なしという、ことになってくる。そこには、光昭が、例えば一月を振り返って、その、述懐しておりますような、ことにはなってこないのです。けれども、そこにね、信心の精進が繰り返し繰り返しなされて、はー、自分の力で出来とるとじゃない、神様のおかげいただいとるとだと、それを心の中に言い聞かせ、言い聞かせさせていただきながらです、ただ今私が申しましたような信心を、身につけていかなければならない。そして、沸いてくるもの、有難い。

 昨日、久留米の佐田さんが、もうとにかく、有難うございますと申しあげる一言に尽きます、とこう言うておられる。その一言に尽きるということなんです。ね、信心も出来ませんのに、そげな段じゃなか、一家中の人たちが、それこそ、あれだけ、毎朝毎朝、親子孫、で朝参りがなさる。御用はあれだけの御用ができる。ね、言うなら、まあ合楽のまあ、スター級に、こうのし上がっておられる。ね、それほどの信心ができておるのにです、ただ、有難いの一言に尽きるということはです、その内容は、信心もできもせんのに、このようなおかげを頂いてと言うからこそ、有難いに尽きるということになるのじゃないでしょうか。ね、今申しますように、慢心、それもです、神様から、そうさせられておる自覚。お参りさせられておるということなんです。そういう自覚が、だんだんつよなってまいりますところからです、いわゆる、有難いと言う外にない、という、いわゆる、おのずと沸いてくる、有難いが、いつも頭が地につくように、地を低うすることができる。

 こう見回してみるところに、私ども一家ぐらいに、揃うて信心ができよるとはない、と言ったような、思い方がちょこっとでも出たらですね、私はこれは、大変な事だとこう思う。ね、そういうところのです、私信心が、それも、試されても試されても、どうのようなおかげを頂いても頂いても、そういう慢心が出てこんですむようなおかげを頂いて、いくと同時に、いよいよ、無力なる我であるという自覚。障子一重がままならぬ私どもであるということが、本とに心の底から、分からせてもらうときに、その上に、現れてくる、それは、些細な形のおかげであっても、信心もできませんのにこうようなおかげを頂いて、ということになってくる。ですから、まあそれの、一つのバロメーターのようなものですから、信心の。心に、不平を感じたり不足を思うたりする時に、あらあらこれはおかしいぞ、慢心が頭持ち上げよるぞと、自分というものを、戒めていく信心。そして、お礼の申しあげれる、いわゆる、有難うございます。一切が有難うございますで、いけれる信心をですね、いよいよ身につけていかなければならないことを、ここで、教えられておると思うのです。

 ね、たかーい、いわば私どもが願ってる大きな、なら思い通りのおかげと言ったようなおかげを頂いた暁に、はーでけたなこりゃ、と言うて、(なにゆき?)さんになりよったらです、ね、それこそ、途端におかげを落としてしまうようなことになったんでは、せっかく下さった神様も、がっかりならん。それこそ、姪浜の先生、しまった、と思われた瞬間には、もうすでにおかげが、落ちておるということになりますから、ね。いかに信心というものが、身についている、信心が血に肉になっていく、そしてここのほうから、まあ、金光様の御信心を私は、結論して言うとね、一番で言うとです、有難くならせていただく稽古だと、私いつも申します。ね、だから、有難くならせていただく稽古というその内容には今日私が申しましたようなことが、充実してこないと、ね、有難くならせていただく稽古になってこないのです。どうぞ。



                                                    2005 2 10 kayotao